9月22日 田口宇一郎さんの「瑞宝中綬章受章をお祝いする会」

田口宇一郎さんの「瑞宝中綬章受章をお祝いする会」がとってもはれやかに、にぎやかに開催されました。300名を超える、田口さんらしく多くの分野の皆さまがお集まりいただき、旧交をあたためながら、語り合うなごやかな会となりました。ご準備いただいた発起人の皆さまに感謝申し上げます。9月22日。

私の知事時代4年半にわたり副知事としておささえいただい方で、造林公社の多額の借金問題やダム問題など、たいへん困難な政策課題の中で、各部局をつなぎ県議会とつなぎながら支えていただきました「人生の恩人」です。

実は田口さんとのおつきあいは、平成元年にはじまった琵琶湖博物館の準備時代からでした。滋賀県にとっては平成の三大事業であった、琵琶湖博物館・びわ湖ホール・滋賀県立大学が動き出した時代です。

語りたい事はたくさんあったのですが、ご挨拶では、田口さんから県庁職員としてのふたつのわきまえを教えていただいたことを、お祝いの挨拶で披露させていただきました。ひとつは当時から、大変な仕事師でありながらご家族と地域を大切になさり日曜日は絶対に仕事をいれないという姿勢です。今でいう「ワーク・ライフバランス」をとる見本のような姿勢を示していただきました。

もうひとつは、「机が仕事をする」ということです。実は博物館の準備過程では、学芸研究系のスタッフの「個人としての意思や名前」を重視する姿勢と、「組織としての決められた役割」を重視する姿勢の間で、大きなズレがありました。私自身は個人を前に打ちだし、田口さんは組織を前に打ちだす。しかし平成4年、私自身、胃癌にかかりしばらく休みをいただくことになり、その時に「机が仕事をする」ことの意義と意味を実感させていただきました。

田口さんは40年を超える滋賀県庁職員の時代、幅広い見識と新しい夢をもちながら、琵琶湖にかかわるお仕事(琵琶湖総合開発、琵琶湖水の祭典、琵琶湖博物館、世界湖沼会議、世界水フォーラム、琵琶湖環境部長等)をたくさん手掛けて、新しい机をつくりながら、滋賀県をここまで導いて下さいました。参加者一同が深く感謝を申し上げる会となりました。

そして何よりも、50年以上ささえてこられた奥さまの幸さまと、4人のお子さまと6人のお孫さんに心からのねぎらいとお祝いをもうしあげました。

(写真協力、田島一成さん、中沢啓子さん、ありがとうございました^_^)

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