Facebook 2014年1月8日

滋賀県庁前、滋賀合同ビル(JA全農しが、日赤など)が建替え中。比良山が見える!新鮮風景。みっつの時代の映像比較です。

1月7日(火)。終日、来年度予算についての庁内協議を行う。昼過ぎには、県町村会長の伊藤定勉豊郷町長と、大津市の伊藤康行副市長が、それぞれ就任のご挨拶に来てくださいました。夕方には協議を終え、大津市内で開かれた、県歯科医師会新春懇談会に出席しました。

今日は、滋賀県庁前の滋賀合同ビルの建替え中の映像を紹介します。

昭和36年(1961年)に完成した滋賀合同ビルは、JA全農しがの本部や日赤本部、町村会事務局などがはいる合同ビルでした。50年以上たって老朽化したことで、現在、その建替えがなされています。

私が始めてこの合同ビルを訪問したのは昭和49年(1974年)、24歳の真夏でした。アメリカ留学中に日本に一時帰国をして、滋賀県の農村調査を始めた時でした。当時の農協に就職していた先輩を訪ね、滋賀県農業についてインタビューをした時でした。まだ新しく、まぶしいビル、地下にはレストランもありました。

あれから40年。知事室前の6階建ての合同ビル建物が昨年の秋に周囲を囲われ、日々、解体がすすむ途中を記録しました。今日、1月7日にはもう2階を残すばかりになってしまいました。遠方に雪を抱く比良山が見え、新鮮な風景です。

そもそも、この場所に合同ビルが建つ前には、日赤本部の趣ある明治の建物がありました。その写真も滋賀県広報課にありましたので、添付します。左側の部分は民家の植え込みで、滋賀会館はまだ見えません。滋賀会館が完成するのが昭和29年ですから、それより前です。曳山が並んでいて、大津祭りの日です。昭和20年代と思われます。大津の町並みも、瓦屋根ばかりでビルは見えません。

今、建物の解体が終わると、このあと建設に着手する新しいビルの完成予定図も入手できましたので添付します。

昭和36年(1961年)以前と以後、そして平成26年(2014年)以前と以後、みっつの時代の建物の変化、お楽しみください。それぞれの人生の記憶とも重なる建物の歴史ではないでしょうか?滋賀県庁前の合同ビルに記憶がある方など、ご意見、いただけるとうれしいです。

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