Facebook 2016年1月15日

滋賀県危機管理センター 開所式 に参加。建設準備に長年の間、関わってくださった関係者のみなさんに感謝です。1月15日。

2006年に知事に就任して最初につくった横ぐし組織が「防災危機管理局」です。全国的にみても災害が少ないと言われてきた滋賀県ですが(当時 災害被害額は47都道府県中47位)、歴史を振り返ると琵琶湖の水込み(洪水)や河川破堤、土砂崩れや寛文地震、姉川地震などけっして災害から縁遠いわけではありません。

私自身環境社会学徒として、江戸時代から明治・大正時代までさかのぼっての災害被災者の聞き取り調査をしてきました。日本国内だけでなく海外での調査もしてきました。

そこでわかったことは、同じような物理的外力でも、家族や地域、行政など、社会的備えが異なることで生死の境を分けた事例にたくさん出会いました。河川や湖沼については洪水は自然現象ですが、水害は社会現象です。

滋賀県の災害被害は、たまたま今が少ないだけ、でかえって備えが弱いと被害も大きくなってしまいます。また滋賀県庁舎自身、昭和14年建設で、ここは登録文化財として保存することをきめましたが、災害対策本部機能を強化する物理的空間も少ない。訓練時の非効率にも悩んでいました。24時間泊まり込みの防災職員のアメニティ施設も貧弱です。

そんな思いを強くしていた時に、東日本大震災が起きました。関西広域連合のカウンターパート支援として、発災直後の2011年4月に京都府の山田知事と一緒に福島県庁を訪問しました。そこで目にしたのが、地震で機能不全となった本庁庁舎、その横の建物での仮設の災害対策本部でした。

電線やネットラインが入り乱れ、ごった返すマスコミさん、担当の打ち合わせ場所さえまともにとれない。防災中枢機能を担うべき県庁がこれでは、現場の混乱へのサポートはなんとも心もとない。行政担当者の努力や責任を実質化するためにもハード整備は必須と思い知りました。

そこで、防災危機管理センターの建設を決めました。そして関西各地の危機管理センターや全国の情報をあつめました。近いと警鐘をならされている東南海・南海地震などにも備えて、滋賀県内だけでなく関西全体の万一に貢献できるよう、滋賀会館跡地に建設予定のNHK大津支局や今後の整備が予定されている医療福祉センター機能、さらにリニューアルされる大津駅界隈の賑わいとともに、関西での防災・減災の拠点のひとつとして協力連携してもらえたらありがたいです。

今日、三日月知事は冒頭のあいさつで 「建物はできた。これから魂を入れ込む仕事をしたい」と決意をかたってくださいました。当然なされるべきいざという時の災害対策本部機能にプラスして、日常的な研修・交流機能も強化をし、住民の皆さんが日常生活のなかで危機管理意識を育むことができるよう「生活防災」の拠点としても活用していただきたいと思います。

儀式のあと、山本県議、柴田県議と記念写真をとりました。外壁なども県庁本庁舎と類似レンガでこだわっての特製注文、日建設計さんに感謝です。

今から海外出張、中国・上海行きです。華東理工大学と大阪成蹊大学・びわこ成蹊スポーツ大学の交換協定調印式に参加します。もし上海からつながれば報告送りますがFB事情はあまり良くないのでは? では行ってまいります!17日、夕方帰国します。

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