Facebook 2016年2月11日

「滋賀県における雇用創出・若者定着に向けた協定 締結式 近江地域共育委員会 設立総会」調印式に参加。三日月知事と県内6大学の学長が調印。2月10日。地域に若い人の意識と行動を結びつける素地を大学連携でつくりましょう!(また長いです)。

今の日本の若者の人口移動をみると高校卒業後の大学進学や企業雇用の影響で、いわゆる三大都市圏に若者が集まり、地方は「若者流出」の悩みをかかえております。男女両方ともが流出をしているところが悩みです。滋賀県も例外ではありません。たぶん、多くの地域も若者流出という意味では共通の課題をかかえていると思います。

個人的にいえばせっかく小・中・高とわが家で育ててきた息子・娘が「都会の大学にいきたい」「都会の会社に就職したい」「ネオンまばゆい都会に住んでみたい」という願いをもっていたら親としては拒否しにくいのではないでしょうか。「子どもたちの願望をかなえてあげるのが現代民主主義社会の親の役目だ」という思いをもつ親も多いでしょう。

しかしこのような息子・娘の願望は個人的につくられるだけでなく、社会的にそのように仕向けられてきた、という構造的背景があります。その構造の最大・最強の力は、日本の近代化過程でいえば、明治時代以降、西欧に追いつけ追い越せと、遮二無二進めてきた日本国の国家政策と、国民教育制度にあると私はずっと考えてきました。

その国民教育を日常レベルに浸透させたメディアのひとつが「小学校唱歌」です。今でも、日本人の大好きだと言われる童謡「ふるさと」があります。実は私は「ふるさと」の唄があまり好きになれません。生まれ育った農山漁村を捨て「向都離村」を促して、人材を東京に集めるための唄に思えてなりません。特に三番です。「志を果たして、いつの日にか かえらん 山はあおきふるさと、水は清くふるさと」。

日本の農山漁村は、志をはたし「て」かえる場所でしょうか。よしんば一旦都会に出たとしても、志をはたし「に」かえる場所にできないのでしょうか?「てをににかえよう」と訴えたい。そもそも、「ふるさと」という概念は都会に出た人間が自分の生まれ故郷を示す言葉でしょう。生まれ故郷で生き死んだ、たとえば埼玉県本庄市で大正時代に生まれ昭和に育った私の父にも母にも、「ふるさと」という概念は生まれなかったはずです。

この唄をつくった高野辰之に興味をもって、私自身、平成初期に、高野が生まれた長野県に調査に行きました。明治9年に下水内郡豊田村(今の中野市)に生まれた高野辰之の生家は記念館として残されていました。明治30年代に長野県師範を出て小学校の先生をしながら、日本歌謡史研究への志を断ちがたく、東京大学に入学し、明治40年代に東京音楽学校教師となり、大正14年には東京大学から「日本歌謡史」の研究で博士号を受けます。

明治末期から、明治国家の文部行政の中枢にいて、「ふるさと」「日の丸」「おぼろ月夜」「もみじ」「春の小川」など、日本人になじみ深い小学校唱歌を生み出していきます。高野辰之の日本人の感性を形どり、心づける小学校唱歌にけちをつけるつもりはありません。しかしそれぞれの唄はそれぞれの時代意識の中で、結果として政治状況を担って広められてきた、ということもみえてきました。明治国家の思想と教育が日本を太平洋戦争にまきこんだ。これは否定しがたい歴史と、私は思います。

さて、そんな中で、埼玉県生まれでありながら、15歳の中学校の修学旅行で、琵琶湖・滋賀県にほれこんで、琵琶湖研究を40年、滋賀県知事を二期8年やらせていただき、今びわこ成蹊スポーツ大学の学長をつとめさせてもらう立場から、滋賀県の歴史・文化の価値を見直し、滋賀で学び、滋賀で稼ぎ、滋賀で家族をもって、滋賀で生き続け、滋賀を終の棲みかに、と思ってもらえる若人を育てることが大学経営人の役割だと思うようになりました。

ということで、今回の、文部科学省と総務省が協力をして、若者の地域定着をすすめる「地(知)の拠点大学による地方創生推進事業(COC+)」に、滋賀県立大学が中心となって県内6大学が協定をしてすすめることになったのはとてもありがたいことです。大学間連携はなかなか進みにくいところ、ここまでもってこられた滋賀県立大学の太田理事長はじめ川口副理事長など事務方の関係の皆さまに感謝です。

あわせて、若者定着には何よりも地域の企業と行政の協力が必要です。滋賀県の三日月知事を中心に、各種経済団体がかかわってくださることも心強いです。この記念写真に各種団体のかかわりが見えております。是非ともそれぞれの経済団体での現場での実態を発信していただきながら、実質的な成果がみえるよう、汗をかいていただけたらと願います。

これから5年間で、滋賀県内での大学卒業生の就職率を今よりも10ポイント高めるという大きな具体的な目標にむけて、皆さんの多様なエネルギーを結集していただけたら、と願って、本日の協定書にサインをさせていただきました。

関係の皆さんのご準備、ご苦労さまでした。今が出発点です。皆で力をあわせて、「孫子安心、滋賀づくり」のためにふんばり、がんばりましょう!

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