Facebook 2015年9月27日

中秋の名月(十五夜)の今日9月27日、「祈りと暮らしの水遺産―琵琶湖とその水辺景観」のフォーラムが大津でありました。北比良のわが家の前のびわ湖畔、橋板にはススキをかざり、沖島の上にあがる名月にワインで乾杯! (長いです)

この春に国の文化庁から日本遺産第一号として琵琶湖の水文化が指定されました。「水と暮らしの文化」「水と祈りの文化」「水と食の文化」の三つの領域を、琵琶湖を中心にストーリ化したものです。9年前に知事に就任した時から琵琶湖にかかわる文化を「水の宝」として発掘してほしいと100項目ほどを文化財担当が引き出してくれました。その中から、上記のみっつのストーリを生み出し、文化庁と協議をしてきた結果、かなりの高い評価をいただき指定されました。

今日はまず文化庁の加藤記念物課の課長から、「日本遺産」は、これまでの点としての文化財指定から、それぞれの個別文化財をつなぎ、面的展開をするなかで地域でのストーリ性を重視をしたもので、今後観光や地域振興、町づくりに活かす素材としてほしい、という指定の趣旨などが語られました。

また琵琶湖博物館の篠原徹館長からは、俳句や短歌を謳うことができる文化的景観こそ、住民の生活の質を高める条件であること、またそのネタが琵琶湖周辺の水辺景観にはたくさん秘められていることを、江戸時代の芭蕉や蕪村が琵琶湖についてうたった俳諧をもとに解説くださいました。

最後に地域指定されている大津市、高島市、米原市、彦根市、東近江市、近江八幡市の市長や副市長などが集まり、各地域のストーリが紹介されました。今後は長浜市や草津市など、琵琶湖辺の市がぐるっと参加してほしいものです。

今から26年前の平成元年(1989年)に「水と文化研究会」を発足させ、暮らしの中の湧水や井戸、カバタや洗い場、湖岸の橋板、また水辺の生き物(ホタルや魚等)との文化的かかわりやため池文化等を発掘してきた私たちにとっては、地域の市長さんたちが「カバタ文化」「湧水は貴重な癒しの文化」などと表現されるのをみてとても面はゆい思いでした。

あの当時「水道がはいった今、湧水や井戸は不衛生、時代遅れ、しっける、水道普及の邪魔になる」とずいぶん批判され、「水道一本やり」だった行政。多くの住民も近代化の流れに追いつけ追い越せと、井戸や湧水を捨て、川べりの洗い場も車用の道路をつくるのに邪魔と埋めてきた。住民も行政も大きくかわりました。

「時代がおいついてきたね」「私たちの主張は自然とともに生きざるをえない人類としては当然だったのにね」と、今日いっしょにフォーラムに行った水と文化研究会の事務局長の小坂育子さんとしみじみ感慨深くかたりあいました。

日本遺産の指定をきっかけとして、琵琶湖を天台薬師の祈りの湖に変えた比叡山の1200年の歴史はもちろん、淡水の飲み水や魚介類から命をいただき、世代の命をつないできた縄文・弥生時代からの琵琶湖先人の暮らしの思いに少しでも近づいていただけたらと願います。

 

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