2026年1月号からある環境系雑誌で、「水害、ダム問題にいどむ女性たち:球磨川流域ものがたり(仮)」というテーマで月1回ずつの連載をさせてもらうことになりました。並行して単行本としてもまとめます。その準備もかねて12月27日から29日まで、熊本県球磨川地域で水害被害を受けた人たちや、河川環境保全にこだわる人たちに聴き取りをさせていただきました。2025年のまとめ報告として報告させてもらいます。でも長い(2000文字こえています、申し訳ありません)。
球磨川やその支流に1961年から計画されてきた川辺川ダム地域には1990年代から訪問をし、多くの皆さんと知り合いになりダム計画の経過を共有してきました。特に2020年7月4日の球磨川水害以降は流域で溺死した50名全員の居住地を訪問し、「何が生死を決めたのか?」という視点から聴き取りをし、経過は2021年11月に『流域治水がひらく川と人との関係―2020年球磨川水害の経験から学ぶ』(農文協)を地元の皆さん達といっしょに出版しました。そこでは50名の溺死者は人吉市よりも下流に集中していることを確認しました。つまり川辺川ダム計画地の直下では溺死者はでていないということです。


ダムの水位低下効果が現れる時間ですが、川辺川ダムが建設されていたとしても、2020年7月4日豪雨での人吉市内での水位低下効果が発揮されるのは午前8時以降であると国土交通省も言っています。人吉市内の溺死者は午前8時より前に、市内の支川や小水路の氾濫で亡くなっていることを私たちはつきとめました。実は溺死者が発生した時間は、最下流部でも午前8時頃、中流部でも午前8時頃なのです。つまりダムの水位低下効果では50名の命は救えないということです。熊本県や国土交通省の委員会などでも何度も伝えてきました。しかし熊本県も国も溺死者調査をしていません。
では別の雨パターンではどうなのか。地元研究者の岐部明廣さんは、これまでの球磨川水害の多様な雨パターンで精査しましたが、いずれの降雨でも川辺川ダムはその地勢的な条件から治水効果は低いということです。その上、公共事業としても巨大ダムで投資金額は大きい(4900憶円)割りには浸水被害低減効果も低く、今の国の公表では費用便益効果は0.4しかない、これは税金の無駄遣いにならないのかと12月3日の参議院決算本会議でも高市総理と片山財務大臣に質問しました。
高市総理は、公共事業の費用と効果が見えるよう事業評価をしているが、災害時における人や物資の輸送効果など、貨幣換算が困難な事項について総合的な評価をしていると答弁。片山大臣は、財産保全だけでなく、想定死者数の減少効果も考え、国土交通省において判断していると答弁。
質問の中に溺死者調査で川辺川ダムの人命救助効果はほとんどないと説明しているのに、片山大臣は死者数減少効果と答弁する。しかも費用便益計算の中に、環境破壊の程度を数値化してコストとして考慮すべきという質問に、環境アセスメントをしているという答弁。高市総理も片山大臣も完全にずれています。
ということで、今後も川辺川ダム事業等の「費用便益効果」について、日本維新の会の中に勉強会を発足する予定です。また公共事業チェック議連としても当局へのヒヤリングをすすめます。あわせて、まさに身内の命を豪雨で失った当事者やその関係の皆さんからの生の声を社会に届け、いかに川辺川ダムが尺アユの聖地といわれるほどの釣り人にとっての価値ある河川生態系を破壊するものかをものがたりとして伝えていきたいと思います。
なぜ女性なのか?もちろんダム問題に強く発信している男性も多いですが、その社会的立場や周囲の仲間への遠慮なく、生活者としての生身の経験を語ってもらうにはやはり命や子育て、そして子どもたちの未来への願望を強く表現できる女性に絞ることにしました。
雑誌執筆の第一回目で紹介させていただくのは球磨川中流部の球泉洞駅前の鮎宿を経営していたお母さんと叔母さんが家毎濁流で八代湾まで流され、二日後に溺死状態で発見されたKさんの経験です。洪水で実のお母さんの命を失っても「球磨川はうらんではいない」ときっぱり言います。お母さんは「水害は一時、川は永遠」と言っていたということで、まさに球磨川の恵みは永遠ということを言っています。お母さんの言葉を費用便益計算に反映するとしたら、尺アユが生きていける川の自然の恵みは永遠ということでしょう。ダム建設で永遠に失われるとしたら環境破壊での金銭的マイナスは無限大となるでしょう。

またKさんのお父さんは「球磨川には金が流れている」とよく言っていたと。鮎の釣り人だけでなく、河川の渓流下りやラフティングなど、観光業でも大きな収入があるので、そこもちゃんと計算してほしいとKさんは望んでいます。
そして今後、財務省が責任をもって運営していくという「租税特別措置・補助金見直し」政策に、私自身、政治家として提案できるよう、準備をしていきたいと思います。
また今回は、球磨川最上部の五木村の水源の山を守るひとつのヒントとして、焼畑づくりの現場も訪問できました。スギ、ヒノキの針葉樹林が流域の6割以上を占めている球磨川流域ですが、五木村で1960年代までは、焼畑で赤大根やソバや雑穀などをつくり、食料としていたという。そして数年したらまた元の広葉樹が次第に育ち、30年後くらいにまた火をいれて作物とつくるという循環型の山畑です。実は滋賀県余呉町でも最近焼畑をつくる人たちがおり、農学者のSさんが、火をいれた土壌の化学分析をして窒素分が増えていて肥料なしでも作物が育つメカニズムを発表しています。



Kさんからいただいた球磨川中流部の生シイタケと上流五木村の赤大根の漬物と、下流八代の魚肉のちぎり揚げ。琵琶湖沿いの大津市比良の自宅に帰って、球磨川流域のご馳走をいただきました。一年の仕事納めとしては、うれしい球磨川訪問でした。


