愛知県豊川流域では「6月2日―3日の台風2号と前線大雨」で霞堤地区(連続する堤防ではなく、あらかじめ切れ目をいれた不連続の堤防)で480ヘクタール以上の浸水被害がありました。「流域治水」を考える時に、霞提の役割は重要な流域治水施設と位置づけられています。堤防に切れ目がはいっていて、その切れ目から農地や住宅地などに洪水が流れ出す分、下流への洪水負担が減ります。江戸時代からの伝統的な治水システムとしても評価されています。しかし、未だにこの霞堤部分の「遊水池機能」の位置づけが法的にできていないので、浸水による被害を補償する仕組みが河川法の中にできていません。
また霞堤の役割として意外と知られていないのが二点あります。ひとつは浸水した後、洪水が引く時の排水機能もあるということ、つまり内水排除が速やかに可能となることです。二点目は生物多様性維持の機能です。本流が濁流の中で、アユなどの魚類が逃げ込むことができる水域が広がり生物の生息場所を確保できるということです。ただ、このふたつの役割は、現場で意識する住民の方は少ないです。研究者の中でも河川工学と生態学の谷間の問題で意識する人は少ないです。滋賀県立大学の瀧健太郎さんとその仲間はこの部分に注目している数少ない研究者です。
さて、昨年2022年8月の滋賀県高時川の長浜市馬上(まけ)の横田農場の水田が11haも浸水し、米や野菜などの収穫減少や追加的な労働投下の必要性、農業機械の修理費用で概算ですが600万円をこえる被害がでています。長浜市からもこの被害軽減について、滋賀県に要望が出されています。私も「滋賀県流域治水推進条例」をつくった当時の知事としても、霞堤の法的位置づけや被害補償について、滋賀県当局や国の河川担当部局と協議を進めてきましたが、まだ出口がみえません。
今後の方向としては、豊川放水路建設で締め切った右岸の5つの地域と、今も霞提が残る左岸の4つの地域の、治水に対する住民意識の調査が必要と思います。実は愛知大学の地理学の大御所である藤田佳久さんが『霞提の研究―豊川流域に生きている伝統的治水システム』(2022年、あるむ社)を最近刊行しました。その書籍の中に、1990年代に霞堤を締め切った右岸の住民41戸と、開放のままの左岸の住民43戸の、水害対応の比較する意識調査結果が紹介されています。
締め切った地域の住民が締め切りを100%歓迎していない意見もあります。浸水後に内水浸水が残る問題を提起する人もいます。また締め切った後、土地利用が変わり新興住宅が増えることで、水害に無防備になった地域への懸念もあります。また「伝統的な治水文化である霞堤をのこすべき」という歴史文化を尊重すべし、という意見さえあります。
締め切り後50年を経た今、霞堤を閉め切った地域、まだ霞堤防が残っている地域の水害環境意識の比較調査は重要と思います。環境社会学者としての私自身への今後の宿題をいただきました。地道な調査に基づいて、国会での流域治水法案の実践性の向上に貢献していきたいです。長い文章におつきあいいただき感謝申し上げます。