20220607法務委員会【確定稿】

○委員長(矢倉克夫君) 刑法等の一部を改正する法律案及び刑法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律案の両案を一括として議題といたします。

本日は、両案の審査のため、三名の参考人から御意見を伺います。
御出席いただいております参考人は、法政大学大学院法務研究科教授今井猛嘉君、専修大学文学部ジャーナリズム学科教授山田健太君及び龍谷大学法学部教授石塚伸一君でございます。
この際、参考人の皆様に一言御挨拶を申し上げます。
本日は、御多忙のところ御出席いただき、誠にありがとうございます。
皆様から忌憚のない御意見を賜りまして、今後の審査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願いいたします。

【略】

○嘉田由紀子君 碧水会の嘉田由紀子でございます。

お三方の皆さん、長時間、もうこんな時間になって大変お疲れだと思いますが、私が最後ですので、十五分お付き合いいただけましたら。碧水会の嘉田由紀子でございます。
皆さんの中でかなり議論が深まり、広がっているんですが、私は、表現の自由と今の若い人たちの社会意識、法遵守の意識との関係を、皆様、大学の現場で教鞭を執っておられますので、是非教えていただけたらと思います。
と申しますのは、私は大学で教鞭も執っておりましたし、社会学で、それからまた自治体で行政もしてきましたけど、今の日本がここまで国際的に出遅れて、そしてこの後も大変希望が持ちにくい社会になっているのは、やっぱり一人一人の力が国際的に付いていっていないことだろうと思います。
それは、一つは、女性を軽視してきたという問題、それからもう一つは、やはり若者、子供が生きる力が弱くなっているんじゃないのかということで、表現の自由と関わるところで、是非、山田委員に、今日の資料の後ろのページに表現の自由の限界という図を、限界モデルを書いていただいているんですけど、これ、とっても社会学的に分かりやすいなと思って。ちょっとコメントいただけますか。お時間がなかったので、説明がなかったと思うんですが。
○参考人(山田健太君) この表現の自由限界モデルについては最初の発言の中でも御説明させていただいたというふうに理解をしているんですけれども、基本的には、この太い線、表現の自由の限界というのがはっきりしていればいいんですけれども、表現の自由の場合には、この限界線がぎざぎざであったり、薄かったり、あるいは時代によってもやもやっと半分消えてしまったりということがあって、それがために、この図でいうならば③にあるように、どうしても自制あるいは萎縮をして、本来言ってもいいことまで行かずに手前で収まってしまうということが間々あると。
それをできる限り避ける必要がある場合もある。確かに、今日議論がされているように、誹謗中傷の議論については自制してくれた方がいいわけですよ。これは自制した方がいいんです。だから、この自由のモデルでいうならば、自制が大事な場合もいっぱいあります。僕らも、面と向かっては言うのをやめておこうねという形で、言わないことの方が多いぐらいですよね。
けれども、事、逆に自制をさせないようにしなきゃいけない場合もあるんだと。それが今日お話ししてきた批判の自由に関わる部分で、あるいは弱者から強者に対する心の叫びの部分で、そこに関しては、できる限り、その限界線越えてもいいんだよという、手を差し伸べるような工夫を社会にしていった方がいいと。
あるいは、今回の侮辱罪でいうならば、基本的にはこの曖昧さというのをむしろ大事にして、それによって今言ったような批判とかあるいは心の叫びを一定程度許容するような社会こそが民主主義の懐の深さだというふうに理解をしています。
実際、学生の方が、今の学生の話でいうならば、むしろ今はとっても萎縮して、あるいは自制して、基本的には言わない方が一般的ですね。何となく今の学生ってSNSでもう好き放題言っているという雰囲気がありますけれども、実際はそうではなくて、社会全体の空気としては言わない方向、この③の自制をする方向、傾向がむしろ強まっているというふうに言ってもいいんじゃないかと思います。
以上です。
○嘉田由紀子君 ありがとうございます。
まさに、この③のところが自制をする、そこに、今回のこの侮辱罪の強化は⑥のところで、行政なり法律なりあるいは社会全体として、言わば手前でそんたくして発言しないようにする、これが私は社会学者としてとっても気になるところなんですね。
内閣府が日本の若者の意識調査を国際比較をしております。最新のは二〇一八年、平成三十年なんですけど、日本、韓国、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、スウェーデン、インターネット調査で、回答数も千とか千百ぐらいなので国全体ではないんですけれども、この若者の意識調査、いつも私は大変気にしておりまして。
と申しますのは、日本の若者、大きな特色としては、自分に自信がないという割合が圧倒的に多いんですね。韓国、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、スウェーデン全てに。それから、自分には長所がないというのも多いんです。それで、自分は役に立ってないと思っている。
特に、私は、その社会感覚とかあるいは政治参画のところでとっても気になっているのが、例えば今の個人の自由の問題ですけど、他人に迷惑を掛けなければ何をしようと個人の自由だという比率が日本は一五・七%。これ韓国三八・六、アメリカ五〇・二%、イギリス四三・七、ドイツ三九・八、フランス、スウェーデンも高いんですね。だから、個人の自由ということは、もう今の若い若者は本当に制約を自らが課している。山田先生の言われるこの③のところなんですね。そのことが実は政治や社会への関心の低さにつながっていて、分かりやすく言えば、社会をより良くするため私は社会における問題の解決に関与したいと思う若者、日本たった一〇・八%です。韓国が二九・九、アメリカ四三・九。この辺りが投票率とか政治参画への意識につながってくると思うんですけれども。
それで、お三方に、既に山田参考人にはお答えいただいているんですけれども、今井参考人に、今大学で教鞭執っておられて、この日本の若者の自信のなさ、満足感の低さ、そして社会的発信力の意思の弱さ、こういうところに今回のこの侮辱罪とか強化をすることで、あるいは表現の自由に足かせを掛けることで日本の将来に危惧を持ってしまうというような懸念は過剰でしょうか、それともそういう懸念があるでしょうか。今井参考人、お願いします。
○参考人(今井猛嘉君) ちょっと考えたこともない御質問なのでどう答えられるか分かりませんが、学生さんがこの二十年以上にわたるデフレの中で育ってきた方ばかりですから、やはり私たちが育ってきたように日本に明るい未来を見ていないことは事実です。そのときに鬱積したのが、表現を自粛するのか、逆に今回の事件のようにSNSだからといって過剰に走るのか、それは分からないですね。むしろ、やはりその自由、外面を整えているがためにスマートフォンに向かって自分の内面が発揮されて無軌道に走ることもあり得ますので、そういった意味では、刑事法との観点から見るとこういう規制をつくっておく必要はあるのかなと改めて思った次第でございます。
○嘉田由紀子君 同じ質問を山田参考人、いかがでしょうか。
○参考人(山田健太君) 今お使いになった言葉で話をさせていただきますと、若者の現在の弱いところというのは、社会的な関心が十分持ててない、あるいは、その知った出来事に関して想像力が十分に働かない、その上でなかなか行動に移せない状況があるんだというふうに思います。すなわち、その関心、それから想像力、行動力というこの三つの観点が大きなポイントでして、実際きちんと社会の状況を理解して相手の立場について想像ができれば、誤った行動をする比率は、というかその状況はぐっと低くなる。
これは私たちのジャーナリズム教育の中でも非常に明らかな効果として見える部分でありまして、それからするならば、じゃ一体、今回のいわゆるネット上の誹謗中傷対策として何が必要なのかというのは、そういう関心を持つことも、想像力を、何というかな、受容することも止めて、上から押さえ付けるんじゃなくて、むしろきちんと学生に自主的な判断をさせていく、若い人たちにいろんな物事を考えてもらうという社会づくり、あるいは教育の在り方というものを高めていく必要があるわけでして、それこそが現在、今、国としても力を入れていらっしゃる情報教育あるいは情報リテラシー教育につながっていくものだというふうに理解をしています。
以上です。
○嘉田由紀子君 ありがとうございます。
石塚参考人、今の質問、いかがでしょうか。
○参考人(石塚伸一君) 僕、いろいろ今日も発言させていただきましたが、小学校一年生のときに入学式のときに並んでいて、ここのところ、石塚のヅというのがスに点々だったんですよ。嫌で嫌でしようがなかったんです。そうしたら、内堀先生という先生が、何か分からないこととか嫌なことがあったりとか言いたいことがあったら言いなさいと言ったら、はいと手を挙げて、僕のヅはスに点々じゃなくてツに点々ですと言ったら直してくれたんです。僕、それ以来、分からないことがあったり思ったことがあったら言うことにしたんです。それは、僕の育った時代の民主的な自由な空気の中で、私は発言することに関して内堀先生からメッセージをもらったんですね。それを今回、学生たちでゼミでやってみても、やっぱり誹謗中傷はいけないと、非常に大人の意見が出てきます。
今回、こういう新たな法を作ることが、メッセージとして若者たちに黙れと伝わるのが怖いです。言っている内容が何であれ、ひとまず黙っときなさい。ゼミで意見求めてもしゃべらないので、どうするかというのでいろいろ考えまして、LINEで、質問がある人、LINEに書いてというと、いっぱい出てくるんです。つまり、彼らは、LINEだとかSNS上は、彼らの発言したいことを匿名性の中で発言する場であるという側面もあるんです。それを完全に奪ってしまっていいのかという問題は、今先生おっしゃいましたような、これからの学生たち、若い人たちをどう育てていくかというときに真剣に考えなきゃいけないことだと思うので、じっくり議論するので今回何か決める問題ではないと思います。
以上です。

○嘉田由紀子君 ありがとうございます。
私も、自分も子育てをし、また自治体で教育、子育ての責任を持ち、そして今の若い人たち、大学でも本当に自制心が強過ぎるというか、私たちの世代のときはもう政治がんがんやっていましたから、自分たちが。それから比べると本当に自制心が強過ぎて、それが社会全体の活力低下に、そして国際的な問題にもつながっているのではないのかと。
今、石塚参考人が言っておられたように、本当に発信力を社会化して、匿名ではなく出せるような、それはやっぱり全体のサポートだと思うんですね。それ、アメリカ社会に私もいましたから、そういう意味でアメリカ、ヨーロッパの方がずっと強いわけで、そこを日本が今回の法案でどさくさ紛れにこういうことを入れるのは、私も大変懸念を感じております。
それから、最後に一つ、この間、川越少年刑務所に視察をさせていただいて、本当に皆さんが、石塚先生が言われるように、現場で頑張っておられる皆さんの、今の少年刑務所の再犯防止などの自主的なサポートに対しては、このままいったらいいのか、あるいは私たちがもっと学ぶべきことがあるのか、少し逆に示唆をいただけたら有り難いです。
○参考人(石塚伸一君) 現場は努力されていますし、努力を否定するものではありません。
少年院における処遇の適切性は、成人においての犯罪率の低下という形で出てきます。犯罪は物すごく減っています。少年の犯罪は五分の一から六分の一ぐらいまで減ってしまっています。このことがいいのかどうかというのは、一つ大きな問題ではあります。
それと、処遇プログラムですが、効きません。大して効きません。何かの処遇をして五〇%以上効いたら、そんなの怖いです。大体一〇%から一五%ぐらいの効果があれば、それは効果があったということになります。
どうやって調べるかというと、その処遇をしない人とする人とを比較対照して再犯率を比較するというような方法しかありません。ただ、日本ではこれはできません。なぜかというと、人権を侵害するからです。やればいいと分かっていることはみんなにやります。ワクチンの検査でも、効果を測定するときに、海外みたいに二つ、使って、使わないので比較するのって日本はできないじゃないですか。
やっぱり日本の枠組みの中で何が効くのかということを考えたときに、今の努力は一定程度働きかけとしては功を奏していると思うので、この努力をこれからも継続していくという必要はあると思います。
以上です。

○嘉田由紀子君 ありがとうございました。
時間になりましたので、お三方、どうもありがとうございました。参考にさせていただきます。

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