Facebook 2022年5月6日「球磨川水系河川整備計画」意見書を二通、提出しました。

「球磨川水系河川整備計画」意見書を二通、提出しました。先月から300頁に近い分量の全文を読み始め、どうにか本日午後5時締切に間に合いました。かなり長いですが、お時間がありましたらお付き合いください。まず一点目は「何が生死を分けたのか」被災溺死者調査をすすめるべきではないか、というものです。
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参議院議員 前滋賀県知事 嘉田由紀子
・川辺川ダム建設で流域住民の命を守れるのか?
・「ダムで命を守る」はダム建設のための単なるスローガンではないのか?
・被災溺死者の検証なしに、ダム建設で命を守ると主張するのは溺死者50名の命を冒涜しているのではないか?
・政治や行政上はもちろん、人間としても倫理的に許せない整備計画ではないか?
・まずは溺死者の状態を調査し、「何が生死をわけたのか」真摯に向き合ってから整備計画の原案の書き直しを求めます。
全国109一級河川水系の中で、河川整備計画づくりが最も遅れていた球磨川水系で、ようやく整備計画原案の提示となった。2020年7月4日の水害被害を待っていたかのようなタイミングでもある。というのも2008年の蒲島知事の「球磨川は県民の宝」「川辺川ダムは白紙撤回」との表明を受け「ダムに頼らない治水」を模索するとされたが、国も県も実質的な治水整備を放置した結果、2020年7月4日の被害が増大してしまった。このことは日々、河川を現場で見続けている住民が証言している。ちなみに同じ頃、滋賀県では「ダムだけに頼らない治水」を県庁あげて追及した結果、2014年には全国はじめての「流域治水推進条例」を制定し、流域治水の先進的政策を進めてきた。当時の知事当時者が言うのは「我田引水」かもしれないが、県庁職員の頑張りとふんばりで実現できた政策でもある。
 そのような中で、7月4日の水害被害直後に、樺島知事は「川辺川ダムの復活」を宣言した。地域住民と一部の研究者は、まずは水害被害の現場検証が必要だ、特に球磨川流域で50名もの溺死者が出てしまった、その要因を調べるべきだと主張した。そして「何が生死を分けたのか?」と溺死者の自宅や避難中の死者についてはその現場を訪問し、どこから来た水で何時頃に溺死が発生したのか緻密に検証した。検証に協力・証言した住民は200名を超えた。
 その結果わかったのは、人吉市内では20名の溺死者のうち19名は早朝7時から8時までに、山田川や万江川、御溝川などの支流が溢れた水にまきこまれたと判断できた。1名は死亡時間も場所も不明だった。つまり人吉市内のほとんどの溺死者は球磨川本流の水位上昇による溺死ではないという事だ。また高齢者施設で14名の溺死者がでた球磨村渡地区では、すぐ横を流れる小川の氾濫が球磨川の氾濫よりも早く、午前7時頃には施設での溺死が始まったとの証言も得た。国土交通省データによると、もし川辺川ダムができていたら人吉市で水位低下効果が発揮されるのは午前10時過ぎである。また渡地区での川辺川ダム水位低下効果が発揮されるのは10時30分以降である。球磨村の神瀬や一勝地また八代の坂本では川辺川ダムの水位低下効果は11時から12時頃なるだろう。しかし、溺死は午前7時―8時頃からはじまっている。この地域は、1000メートル級の急峻な山にあたった線状降水が一気に降って、森林伐採が進んだ山頂部から渓流へと大量の土砂を流し、まさに地元からの豪雨が球磨川本流に流れこんだようだ。支流や支川の上流部の森林破壊や土砂崩壊こそ、まさにすぐに手をつけるべき「流域治水政策」ではないだろうか。
 しかし、これら支川や支流の水位が高かったのは球磨川本流からのバックウオーターという記述ばかりが目立つ(32頁、42頁)。かろうじて26頁に令和2年の被害も、「熊本県内の犠牲者は65名にのぼり」とあるが、流域での溺死者は50名、1名不明、残り14名は球磨川水系以外の地域での土砂災害という記述もない。その上、42頁の水害被害の記述の中には「溺死者」について一言もふれず、鉄橋や道路の被害など物的被害の記述と、河川流量の多さとバックウオーターという記述ばかりが目立つ。溺死者について一言も触れないのは何とも不自然だ。
 私たちは「何が生死を分けたのか」という調査結果を、熊本県や国土交通省に提示して、「溺死者の検証調査を行ってほしい」と何度も申し入れたが、県も国も動いていない。それどころか、河川整備計画の水害被害記述から溺死者の項目を全く無視している。ここにはどんな力が働いているのだろうか。
 「ダムで命を守る」(103頁)という記述はダム建設のための単なるスローガンではないのか?被災溺死者の検証なしに、ダム建設で命を守ると主張するのは溺死者50名の命を冒涜しているのではないか。政治や行政上はもちろん、人間としても、倫理的に許せない河川整備計画ではないか?まずは溺死者の状態を調査し「何が生死をわけたのか」真摯に向き合ってから整備計画の原案の書き直しを強く求めます。
 なお住民の皆さんとすすめた「何が生死をわけたのか」の調査結果は、『流域治水がひらく川と人との関係―2020年球磨川水害の経験から学ぶ』(農山漁村文化協会、2021年)として社会的に公表し、2022年2月には熊本日日新聞の「熊日出版文化賞」を受賞していることを申し添えます。受賞理由には「今後の治水政策におおいに役立つ」と評価いただきましたが、国と県は完全に黙殺しました。どういう力が働いているのか、この国の河川政策の未来が心配です。
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