Facebook 2022年3月15日 『地図から消えた村―琵琶湖源流七集落の記憶と記録』(吉田一郎写真と文)

『地図から消えた村―琵琶湖源流七集落の記憶と記録』(吉田一郎写真と文)が、昨年10月の長浜市余呉町での写真展示会以降数回の展示会を経て、展示会にお越しいただいた写真に写る当事者の方がたの語りや思い出とともに出版されました。今から53年前の1969年、長浜市広報担当となった吉田一郎さんは「今の北近江の風景や暮らしを写真に残せば歴史になる」と滋賀県北部の暮らしや民俗行事を写真に遺してきました。その中に後から丹生ダムという巨大ダムに沈む予定となった集落も含まれていました。豪雪やダム建設計画により1995年には七集落40世帯すべての人たちが離村。
在りし日の暮らしの写真とともにその写真展に参加した人びとの姿をまとめ、その記憶と記録を収録。昨年秋以降はクラウドファンディングでの写真集出版のご協力をいただきました。ご協力いただいた皆さま、ありがとうございました。またモンベル会長の辰野勇さん、写真家の今森光彦さん、大西暢夫さんが、対談や応援メッセージを寄せて下さいました。近いうちに書店にも並びます。アマゾンでの申し込みも可能です。少し高価ですが、石油文明が広がる前の山と川、自然に深く寄り添った信仰豊かな時代の暮らしに興味のある皆さんに手にとっていただけるとありがたいです。3月15日。(また長いです、1300文字)
この写真集には私には一方ならぬ思いいれがあります。「ユキツバキと丹生ダム」です。
1982年に開所した琵琶湖研究所で、社会学分野の担当として滋賀県内の水と人の関わりの調査を始めました。当時の吉良竜夫所長(元日本生態学会会長)の肝入りの「集水域研究」というプロジェクトがあり、琵琶湖に流入する120本の一級河川それぞれの水質や生態系、人間活動などの流域別総合調査を始めました。その時、吉良所長は、「高時川源流部は日本の北のブブ帯文化と南の照葉樹林文化の遷移帯で、貴重なユキツバキなどはここが南限」とよく言っておられました。琵琶湖総合開発計画に絡んでこの地が、巨大ダムの水底に沈むことにも心を痛めておられました。吉良先生が亡くなってからお弟子さんの浜端悦治さんにご案内いただき、春浅い大黒山の麓で、空に伸びるブナの新萌の足元の大地に、白・ピンク・赤と這うように咲き誇るユキツバキ群落、、、春の妖精にであったような気持ちになりました。
一方で「丹生ダム」です。高度経済成長期の利水、治水需要の高まりから琵琶湖周辺にも数多くの多目的ダムが計画されました。その中でも高時川に計画されていたダムは近畿圏最大の国営ダムで、京都、大阪、兵庫の利水と地元高時川の治水が目的でした。しかし1990年代にはいって下流府県が水需要の減少で利水撤退し、2001年に始まった、国が設置した淀川水系流域委員会でもその必要性が疑問視される意見書が出されました。そこで2006年7月の滋賀県知事選挙で、「税金の無駄遣いもったいない、必要性の低い新幹線新駅やダムなど、大型公共事業見直し」を公約にして、知事に選んでいただきました。
2006年の知事就任後、特に余呉町の地元ダム対策委員会の皆さんと膝を突き合わせて何度も話し合いを行いましたが、「貯水大型ダムで地元観光振興と固定資産税による地域振興」を主張なさる皆さんと、知事としてのダム中止の合意ができないまま、2014年に国が、利水が撤退し、地元治水事業にとってはダムよりも河川改修の方が財政負担が小さい、と結論を出し、2016年に正式に中止となりました。水没予定住民の移転が全て終わってから中止された国営ダムは丹生ダムが初めてということです。
国や県の行政的理由で、まさに強い権力の元、1000年以上も続いてきたと言われる先祖伝来の暮らしを根こそぎ奪われ、神さま、仏さまも全て下流に移住させられた、その離村者の無念の思いはいかばかりと、ダム建設の中止を訴えた私自身にも重く責任がのしかかっております。「政治は法に則り、理に則り、情に則るべし」という政治家としての私の理念からすると、離村者の気持ちを踏みにじり、情が薄いと言われてもしかたありません。「ダムさえできていたら、私たちの犠牲は意味があったのに!」 権力行使という意味ではダム建設もダム中止も同じくらい罪深いものでしょう。
それゆえに、今、人影もなく自然の森が広がるこの大地、ユキツバキが咲きほこり、数百年の樹齢のトチの巨木が茂り、トチノミやトチのハチミツや山菜、木材など、山の恵みを存分に受け止めることができる地域再生、そして石油文明の限界が見える今だからこそ、新たな時代の人と自然の関わり方を見せてくれる地域再生に進んでほしいと心からのぞんでいます。ただ、行政の約束破りの嘉田由紀子は永遠に「悪代官」です。一生、この「負の十字架」を背負っていかなければいけないのだろうと、今回の写真集の完成を機に新たな懺悔を迫られております。
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