強い冬型の気圧配置の影響で5日、滋賀県北部は大雪となっています。長浜市余呉町で108センチ、米原市36センチ、高島市今津町17センチということ。ここ大津市北部の比良浜は7日の朝、5センチです。滋賀にいる時には毎朝、浜で湖水を一杯いただき、顔を洗い、歯をみがかせていただきます。豊かな湖水に感謝です。ただ、今朝は、さむーい!!琵琶湖岸に人がすみ始めて2万年あまり。昭和30-40年代に水道がはいるまで、湖岸に接する人びとは、湖水をそのまま飲み水に使っていました。大雪の時、大雨の時、大風の時、大変だっただろうな、と思いをはせて、昔の写真をひっぱりだしました。2月7日。
前野隆資さんが遺してくれた『琵琶湖•水物語』(1996年)に、沖島での昭和31年の朝の洗い場さんばしの写真があります。この写真の真ん中で鍋を洗っておられた茶谷よし子さんによると、「雪の日、大風の日、雨の日の水くみは大変だった」と語ってくれています。1984年出版の『水と人の環境史―琵琶湖報告書』で公表した琵琶湖岸の水利用調査もひっぱりだしました。湖岸の約300集落のうち、飲み水を山水・川水を使っていたのが14%、湖水を使っていたのは8%でした。
写真が遺されている沖島以外にも、昭和30年代に湖水を飲用水につかっていたのは南湖では坂本、北湖では和邇浜から、私が暮らす比良の浜辺から、南小松、北小松、高島市内にはいると今津の浜辺、マキノ町の知内や海津、西浅井の大浦、飯ノ浦、山梨子や尾上などがあります。湖水を使っていた地域は水質以上に、風の影響など、水辺へのアクセスの容易さが条件とも思います。ちなみに、私今設置している橋板ですが、琵琶湖の東岸には過去もほとんどみられませんでした。
これから東京です。新幹線は米原付近で遅れているようです。国会での会合など、琵琶湖から力をいただき、東京でがんばります。