Facebook 2018年5月18日

日本でもようやく社会問題化した「女性の政治参画」。2018年5月16日に、「政治分野の男女共同参画推進法」が参議院本会議で、全会一致で可決・成立。日本の政治の女性参画度があまりに低い状況に危機感をもって、国会議員の皆さんとの勉強会にも参加をしてきた私自身、本当に「ようやく!」という思いが強い法律です。ただ罰則のない理念法でしかなく、各政党や団体など、本気の政策実現が求められています!5月17日。(また長いです)。

京都新聞の記事を紹介します。日本の女性国会議員の比率は国際的にみると158位、先進国では最下位の10.1%です。70年前からほとんど変わっていません!10人に一人、あまりにすくない。推進法では、政党や政治団体による候補者選定について「男女の候補者の数ができる限り均等となることを目指す」と明記。政党などに罰則を伴わない努力義務を課した。政党別の女性参画度の違いも明白。女性軽視の自民党、維新の党は低い!

「なぜ政治に女性参画が必要なのか?」と疑問をはさむむきも多いかもしれません。「そもそも政治は男の世界だ。女が口をはさもうとするのがおかしい!」という意見も多いかと思います。そのように思われる皆さんに、「政治とは何か?」と考えていただきたい。

政治とは、たとえば、簡単に言うと「漫画ワンピース」に出てくる麦わらの海賊団やその他の海賊団などが話し合って何かを決めること。何かを決めることとはどういうことでしょうか?「何かをする際に話し合って決める」これが「政治」です。その舞台が国会であったり、県議会、市議会などの舞台です。

特に今、一番大きな問題は、私たちが額に汗して働いて納めた税金をどう使うか、という税金の使い方と思います。学校や仕事ルールでも、話し合いという方式で決めるなら、それはすべて政治になる。逆に「政治のない世界」とは、話し合いをしないで権力や暴力に支配された世界になってしまう。

今の国政は、権力をもつものに忖度し、配慮して、嘘をつく、記録を隠す、そしてデータも改ざんする。今の国政には残念ながら政治はありません。政治がない世界では、力の優劣で物事が決まってしまう。弱い者は強い者に従うしかない世界になってしまう。

今の国政は、総理大臣のお友達や同じ思想をもつ人だけが優遇され、「万人のための政治」になっていません。政治分野への女性参画だけでなく、多様な職業や多様な背景をもつ人が参画することは、日本の未来の政治を健全にするための大きな原点です。

特に、かつてのように道路やダムをつくることが政治である、という時代から、子育てや教育、高齢者の介護など、人育てや家族にかかわる政策が大きな比重をもっています。それだけに女性が政治に参画することで、より多くの人たちの幸せづくりに貢献できる政治・政策が実現される可能性が高まります。

今、世界中の子供たちの中で最も幸福度が高いフィンランドやスウェーデンなどでは、40年以上前の1970年代から、「国政の政治家の3割を女性に!」という割り当て制度などを実現しています。女性首相も誕生しています。それから50年近く経ても、日本では男女が均等の政治参画は全く実現していません。

私が政治分野への女性参画に目覚めたのは、今から我が人生を振り返ってみると、小学校に入る前の幼児期と思われます。1950年、昭和25年生まれの私の最初の記憶は、農家の嫁として酷使され、健康を損ねて結核で闘病中の母が、実家に帰され、「(ストレプト)マイシンを買うお金がほしい」と内職の編み物の針を一針一針動かしていた昭和28年頃です。ちょうどその頃の母の闘病日記が4年前に母の古い箪笥の底に敷かれた新聞紙の下から発見されました。

その頃の3歳頃の私自身の貴重な写真も残っています。今日、5月18日は68歳の私の誕生日。新潟県知事選挙に立候補した池田ちかこさんへのビデオメッセージを琵琶湖岸から発しました。その写真も添付します。65年を経ての私自身の変化!自分自身でも不思議です!

なぜ私が、女性の社会参画の原点である家族社会学にめざめ、人間の暮らしの原点である水環境の文化人類学問題にめざめ、そして、学者から知事へという政治の世界に挑戦したのか、改めて振り返ってみたいと思います。続きは明日、5月18日の誕生日メッセージで。

 

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