Facebook 2020年10月29日 「僕は村がなくなって、じいちゃんばぁちゃんたちの『居場所』がなくなるということが、もう一つの大…

「僕は村がなくなって、じいちゃんばぁちゃんたちの『居場所』がなくなるということが、もう一つの大きなダム問題だと思っています」。なぜ大西暢夫さんが、北海道から九州まで、日本中のダム建設予定地をバイクひとつで走りまわり、聴きまわり、そして徹底的に、土地に住み続けてきた人たちの暮らしと自然に溶け込んでカメラを向けてきたのか、その答えが滋賀県東近江市の能登川図書館にあります。「写真展:大西暢夫の仕事~いのちとくらしをみつめて~」。11月22日までです。是非、足を運んでみてください。10月29日。

国会開会中でしたが、衆議院の枝野幸男さん、泉健太さんの代表質問を新幹線の中でネットで聴きながら、どうしても、大西さんの仕事の全貌に触れたくて、トンボ帰りで滋賀に帰りました。大西さんが滋賀県愛知川(えちがわ)最源流を、東京から哲学者の内山節さん、作家の梨木香歩さんたちをご案内下さった後、能登川図書館で合流。「かだ由紀子と進む会」会長の小松明美さんも湖西から合流。大西暢夫さんの「ダムとくらし」にくわえてこれも日本中を取材、記録してきた「職人さんの仕事」写真も同時にみせていただきました。

大西さんのダムとのかかわりで何としても大きな仕事は岐阜県の「徳山ダム」です。カメラをもったおばぁさん、増山さんを支えながら、『僕の村の宝物』(1998年)、そして次作が『おばぁちゃんは木になった』(2002年)。一緒に山にはいってトチノミを拾い、いろり端で割って、沢水で水さらしをして・・・食べるまで、手間をかけて「食」をつないできた広瀬はつよさんが亡くなった・・・その小屋の横に芽吹いたトチノキ。「山の中には神さんがそこらへんにいて」という広瀬おばぁちゃんは、トチノキになり神様になった。

そして今、熊本県では球磨川が大洪水を受けて、いったん中止となった川辺川ダムが話題にのぼりはじめています。1990年代中頃から何度か水没予定で全村移転となった五木村に通った私が感動をした作品は大西暢夫さんの『ここで土になる』。ダム建設が予定され、500戸近くが高台に引っ越ししたり、町に出たり・・・最後に地元に残った老夫婦を見守ってきた銀杏の巨木に託して、暮らしの安心が込められた大地に命を託した人びとの願いと思い・・・。

今、ダムが中止された中で、「犠牲になったものが浮かばれない、だからこそ約束通りダムを建設してほしい」と強く求める五木村の移転者の皆さんの声は日増しに大きくなっています。ふるさとを捨てた多くの先人に、犠牲を犠牲としてまっすぐにありがとう、と感謝をして、それでも銀杏の木に託された、この土地への暮らしの記憶と自然の恵みへの思い。水底に沈めてしまっていいのか、と思いながら、大西さんの写真展を見せていただきました。

職人さんの仕事の中には、滋賀県米原市旧近江町の、真綿をつむいで布団を作る『お蚕さんから糸と綿と』の写真と、真綿の本物展示も!この部分は12月には近江町での展示会につなげていただけるということ。

能登川図書館は、1990年代に、もともと博物館と連携してつくられた複合施設。私が大好きな「桶風呂」も展示されています。担当の前崎さんたちが、図書館は民主主義の原点として、図書の利用に加えて地域博物館の展示もしていただき、前崎司書さんや飯田学芸員さんが活躍してくれて、地域の文化機能を維持、発展させていただいていること、うれしいです。

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