菅義偉首相の初の所信表明演説を参議院本会議場で聴いた。議場の最前線で、まさに目の前での総理の息づかいまで聞こえるほどだった。全体については、個別政策の羅列で、一国をひっぱっていく総理大臣としての歴史像や国家観、社会像や人間観に欠けた実務的演説で物足りなさが残った。ただ2050年の「脱炭素化宣言」は、先進国の中で遅れに遅れてようやく!という決意でまずは第一歩を歓迎したい。10月27日。(また長いです、1600文字)
社説をくらべてみた。日経新聞では「50年脱炭素化は困難でも攻めの発想で」「大局観がやや希薄な首相演説」、朝日新聞では「初の所信表明 国民の胸に響いたか」「50年に脱炭素 目標実現の戦略を示せ」、読売新聞では「所信表明演説 活力回復へ実行力が問われる」。
私なりに総理の演説が胸にすとんと落ちにくいのはなぜか、ちょっと考えてみた。どうも、さまざまな社会現象の後追い対策が主で、「なぜそのような現象が起きているのか」という問題発生への歴史的、構造的理解が浅いので、付け焼き刃の対策に陥っているからだろう。また個別対策重視で、相互の連関、つながりに目新しさがありません。
たとえば少子化対策も、不妊治療の保険適応ばかりが強調されますが、そもそも日本社会の少子化は1970年代からはじまっており、「男は外、女は家庭で」という極端な男女役割分担を進めてきた思想と政治の行き過ぎが、女性にとっての子育てと仕事の両立を阻み、男性にとっての家族・子育て参画への壁を高めてしまった。これは自民党政権の責任です。
それゆえ、男女いずれもが「人生の選択幅が狭まり」「結婚しにくい」「子育てしにくい」意識が広まり社会的にも放置され40年以上たってしまった。その間に欧米では着実に「女性は政治、経済へ」「男性は家庭、子育てへ」という相互乗り入りの思想と制度が整っていった。歴史的振り返りとあわせてこそ、たとえば待機児童解消や不妊治療などの具体的対策が生きてくるはずです。
ですから所信表明には、過去数十年、自分も「片働きをよしとしてすすめてきた」その反省の上に、新しい家族像や夫婦像、子育て意識を育てる必要があるとワンパラグラフいれたら、それで政策に厚みがまし、聞いている人たちの人生経験にも寄り添って説得力もまし、構造的な政策対応にむかえるはずです。
「50年脱炭素化」もそうです。これまで脱石油にほとんどうごかなかった日本政府の反省の上に、もう待ったなしの段階になった。そこで決意をした、と経過もいれたら、国民にも納得しやすいでしょう。そして本気でこれから原発依存が当てになると思っているのか、そこも今後の代表質問などで与野党の議論を展開してほしいです。
さらに、地方創生を言うなら、ふるさと納税の成果もいいですが、今、日本の脱炭素化とつなぐことができるのが農山漁村の自然資源(グリーンインフラ)です。太陽光、風力、地熱など、日本の多様な自然を活用しながら、「再生可能エネルギー村を日本各地につくる」というような構想のもと、農地への太陽光導入(ソーラーシェア)に後ろ向きの農水省を説得して、縦割り打破をいれこむ、というくらいの構想もほしかったです。
個別政策が単発で相互の有機的つながりが弱く、また現象後追い型では、少子化や人口政策、エネルギー政策のような、社会構造と深くかかわる骨太の政策の成果は出にくいでしょう。
「雪深い秋田生まれ」というなら、温暖化で雪も減り、これは福音かもしれませんが、温暖化で災害も増えている。地球が危なくなっている。そんな個人の人生にからめて、時代の変化に遅れをとらず、環境保全と経済の両立をはかる政策、と宣言したら、ずっと説得力はましかたもしれません。
このあと与野党での代表質問、予算委員会での質問もあります。私は政党無所属ゆえ、いずれの場面も出番はありませんが、今後の所属法務委員会や質問主意書などで、政策提案をしていきたいと思います。
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