<平成の思い出(その2)>

「河川環境の保全」を狙いとした「平成河川法」を守るために琵琶湖政策はどうあるべきか。明治時代の「治水」、昭和時代の「利水」、平成時代には「環境」と「住民参加」を重視した河川政策に変わり、琵琶湖をかかえる滋賀県では「環境」に配慮しながら同時に命をまもる「平成型の治水」を積極的に進めてきました。それが今、平成最後の時代に三日月知事の大戸川ダム推進発言であやしくなっています。大変心配です。4月28日。(長いです・すみません:1800文字)。

コンクリートで川や水辺を固めて人間の目先の利益だけを考える治水や利水で痛みつけてきた河川政策を、生き物や環境配慮の視点から見直そうという動きが平成初期に各地でうごめいてきました。その流れを受けて平成9年には河川法が改正され、目的に「河川環境の整備と保全」と住民参加の開かれた意思決定が埋め込まれました。「環境配慮の平成河川法」です。

この河川法改正を受けて、琵琶湖・淀川水系では2001年から淀川水系流域委員会が発足し、2005年にかけて、400回以上の現地調査と議論を重ね、ダム建設の環境への影響の大きさなどから「ダムは原則建設しない」という方針をだしました。しかし滋賀県内で計画されていた大戸川ダムと丹生ダムについて当時の知事は環境への配慮なく、ダム建設を求めました。

2006年7月に滋賀県知事に就任した嘉田は、ダム施設は治水には一定程度効果はあるが、環境破壊や子ども世代への60年にもわたる財政負担の大きさ、地域振興への効果からみてのダム建設の不合理性を強調した。河川改修や堤防強化のような、地元の土木業者が担える小さな公共事業を持続的に続ける方が、大規模なゼネコンによる短期集中型のダム建設事業よりも、公共事業による地域振興への効果は永続的で地域社会の維持にも貢献できるからです。

同時に、いかなる洪水に対しても命と財産を守るために、流域治水政策をマニフェストにかかげ、8年かけて「流す」「溜める」「とどめる」「そなえる」の4機能を埋め込んだ「滋賀県流域治水推進条例」を2014年3月に制定しました。ダム施設は、計画規模を超える超過洪水での効果は少なくなり、逆にダムによる大量放流で危険性が増すことさえあります。

そもそも大戸川ダムは1968年に計画された時は利水を含む「多目的ダム」でしたが、その後人口減少などで「利水」機能がなくなり、治水専門のダムとなりました。ダムの治水効果は大津市内の直下で大きいのは当然ですが、大戸川ダムについては下流の天ケ瀬ダムと連携をして宇治川や淀川に効果があるとされ、財政負担は京都府と大阪府に大きな割合が課せられました。

また2006年以降になって大戸川ダムの建設効果として、琵琶湖の出口の瀬田川洗堰が、下流を守るために締められる「全(部)閉(鎖)」の影響を緩和できる、という目的が急に追加されました。しかしその効果は最大限見積もっても2-3センチであり、琵琶湖の水位変動を防ぎ大きな利益を滋賀県の沿岸住民や産業にもたらすほどのレベルのものではありません。

2019年4月16日の定例記者会見で、三日月大造滋賀県知事は大戸川ダム建設の必要性を表明し、ダム建設の母体である国に建設推進を求めました。その理由は2018年5月から3回開いた滋賀県の勉強会で、大戸川ダムは直下の大戸川流域で治水効果があり、瀬田川洗堰操作でも全閉時間が短縮できるとし、大戸川ダムが必要だという意思表示をしました。

一方、大阪府の吉村知事は大阪府として独自に効果の判断をしたい、と4月16日にコメントをしました。京都府の西脇知事は4月26日になって、「(2008年に)緊急性が低いと判断した状況から大きな変化はない」として、改めて大戸川ダムの早期の建設に反対する姿勢を示しました。滋賀県から必要と言えば、滋賀県がダム建設の財政負担をするのでしょうか?

このあと、三日月知事や、この4月に当選した議員からなる滋賀県議会が大戸川ダム建設に対してどのような判断を示すのか、注視したい。しかし、私自身は研究者時代から、知事になった後も、本来下流に対して大きな力をもつ上流は、特に琵琶湖ほどの水量確保の力をもつ水域としては、下流の宇治川や淀川沿岸の人たちの命を守るために琵琶湖を活用することをよしとして「瀬田川の全閉」は容認する立場です。まさに比叡山の伝教大師の「忘己利他」の精神です。

「令和の時代の河川政策」はどうあるべきか。令和とは「人びとが美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つ」という。上流と下流がうるわしい和を産み出し、心を寄せ合う河川文化を育てるためにも、琵琶湖・淀川水系の下流に財線負担をおしつけ、全閉の影響をことさら大きくとりあげ、下流を脅すような河川政策は望ましくはないのではないか。心やさしい滋賀県の県民性に則っていないのではないか、と心配でもあります。

そして人間はもちろん、生き物の命への配慮も「令和の時代の魂」であってほしいと思います。5月1日以降の令和天皇も、世界水フォーラムなどでご一緒させていただきましたが、水環境や生き物への愛情深いお方であることは国民の多くが認めていることではないでしょうか。

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