Facebook 2019年9月25日 吉岡さんの宇治川沿いの向島の工房を訪問

今から66年前の1953年(昭和28年)9月25日、台風13号で宇治川の観月橋下、左岸が決壊。

昭和16年に干拓されていた巨椋池あたり一面が水につかりました。当時の浸水航空写真アップします。近鉄の鉄橋は今もそのままです。9月25日。

この時の浸水被害経験者を探していた矢先、日本古来の植物染による伝統色の再現に取り組む吉岡幸雄(よしおかさちお)さんに出会い、吉岡さんの宇治川沿いの向島の工房を訪問。

吉岡さんが日本古来の植物染で色の復元が可能となったのは、宇治川の水の源、つまり上流の琵琶湖水のおかげという言葉をいただき、うれしくなり、ここに報告いたします。

現在の宇治川近くの吉岡工房の入口には地下100メートルからの井戸水が引かれ、水への思いがつまったお屋敷です。昭和21年うまれの吉岡さんが台風13号の浸水にまきこまれたのは小学校一年の頃。今の工房から少し離れたご両親の家で、宇治川から数十メートルの至近距離です。今もその家は残っていて、小学生の頭位まで水がつかり、二階でしばらく暮らしていたという。


近隣の家は浸水に慣れていて、水が引く時に、水といっしょに土砂を掃き出して、清掃していたという。ところが自分の家は浸水慣れしていなくて、水がひいてから、乾いて床にこびりついてしまった土砂を洗いだすのが大変だったことを記憶しているという。また子ども時代には宇治川で魚釣りをして、宇治川で遊び、川が自分を育ててくれたともいう。

そして、植物染めで、万葉の色や源氏物語の色を復元してきた仕事について、語っていただきました。深紅の色は山形県からの紅花を、黄色は伊吹山からのカリヤスを、ムラサキは奈良県から、藍は徳島県から、と全国から植物材料を集め、宇治の工房で一枚ずつ丁寧に染めあげていきます。

昭和28年以降、天ケ瀬ダムができ、大きな浸水はないが、人が自然の脅威や畏怖を忘れてしまうとまたいつしっぺがえしがくるかわからない、とおっしゃっておられました。何よりも、自然の力をかりて古代からの色を復元できているのは、宇治川の水、そしてその上流の琵琶湖の水のおかげであり、京都の人たちはもっともっと琵琶湖の存在に感謝をしなければ、と何度も言っておられました。

吉岡さんとのお出会いの機会をつくってくださった兵庫県立人と自然の博物館の三橋弘宗さん、また吉岡さんの工房をいっしょに訪問下さった北村美香さんに感謝いたします。

    

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