Facebook 2015年7月9日

びわ湖学習会「漁村文化の継承とヨシ帯管理」のイベント、船上講演の後、久しぶりに沖島訪問。昭和30年代の洗い場橋板場面の今昔写真撮影をお願いしていた奥村さんを訪問。

最初の写真は、昭和31年8月5日の沖島の朝。茶谷よし子さんとお譲さんのあい子さんたちが写る。橋板の先で飲み水を汲み、真ん中あたりで食器などの洗いものをし、浜辺に近いところでは、ぬか漬けなどの汚れのきついものを洗う。ただし、おしめや下のものは絶対にここで洗ってはいけない、という掟の元、衛生的な水辺を守ってきた。「近い水」の象徴的生活場面です。

平成7年、よし子さんとあい子(奥村)さんに、同じ場所に立っていただいた。かつての浜辺は埋め立てられ、コンクリートとなり、漁協の倉庫群が続く。

今日、あい子さんのお譲さんのひとみさんが同じ場所に立ってくださった。ひとみさんは、いったんは都会に出たが、アレルギーなどがきつく、今、島に戻り、有機野菜と湖の幸をいただき、健康を取り戻した。

あわせて、ひとみさんは、デザイナーとしての経験を活かして、機能的で美しい衣服デザインなどを行っている。沖島ファンクラブの象徴ともいえる、「もんて」(もどって)手ぬぐいのデザインもなさった。今日さしておられた日よけの傘もご自分でデザインしたというステキな作品。

沖島では、今日、ふなずしづくりの参加イベントもあり、東京あたりの遠方からもたくさんの方がこられ、塩切りをしたニゴロブナにご飯をつめる作業に集中しておられました。ニゴロブナの漁獲高が増えたおかげ、と漁師さんに言っていただきました。

私が知事就任時に比べ、退任時には、8年間でニゴロブナの漁獲高を二倍に増やすことができました。主に産卵場の場づくりとして、ヨシ帯造成や「魚のゆりかご水田」などの生態系再生政策が効果をあげました。

船上での講演や意見交換会、湖中水をくみ上げての温度確認(10度で冷たい!)と、希望者には直接水を飲んでもらいました。私ももちろん飲みました。つめたくてすっきりおいしい水です。これ、このまま市場化したいですね(微笑)。

 

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