Facebook 2021年2月19日 単独親権違憲と認めず国賠訴訟原告男性敗訴東京地裁

「単独親権、違憲と認めず 国賠訴訟、原告男性敗訴―東京地裁」という判決の結果が2月18日の新聞各紙に掲載されました。扱いはあまり大きくありませんが、離婚後の片親親権を定めた日本の民法下で、無理やり親子分断されて苦しんでいる当事者にとっては、大変落胆せざるをえない判決でした。ちょっと長くなりますがこの問題について書かせてください。(2700文字、長くてスミマセン)、2021年2月19日。
1ケ月ほど前、首都圏に住む高校二年生のAさん(女子)から国会の私の部屋に連絡があり、「共同親権のことで法務委員会で質問している嘉田由紀子さんと話がしたい」ということでした。こんな時期ですのでZOOM会議を事務所で手配をして1時間ほどゆっくりと、顔を見ながらお話をききました。匿名でご本人の了解をえて、紹介をさせていただきます。
高校生から直接私の部屋に連絡をくださったこととってもうれしかったです。まさに孫と同じ世代です。そこで、まずなぜ私と話をしたいと思ったのかということから聞かせていただきました。
自分は3年前に両親が離婚をして、家庭裁判所での話し合いでどちらかの親を選びなさいといわれたけれど、お父さんもお母さんも好きなので、両方と暮らしたいとこたえ、それから3年間、週の前半はお父さん、後半はお母さんと行ったり来たりしていて共同親権のような暮らしをしているということです。両親のところは電車で30分ほど離れているけれど両方から学校へ通うのは不便がないということ。
それでも自分の友達は「親が離婚したらどっちかの親を選ぶべきだろう。両方の親の間を行ったり来たりするのはおかしい」と白い眼でみられているという。そこで嘉田に、「私の考えはおかしいのか、海外では共同親権がふつうというけれど、なぜ日本では私のように両親の間を行ったり来たりするのがおかしいと思われるのか、意見が聞きたい」ということでした。
そこでまずお父さん、お母さんとの間を行ったり来たりする暮らしをA子さん自身が楽しんでいるか、満足と思っているか聞きました。
すると「お父さんは、自分の仕事の時間をけずってでも夕方早く帰ってくれて、夕食もつくってくれる。翌朝は早朝仕事に出るのに、私のお弁当もつくってくれる。お父さんとはアニメの事など、いつもいろいろ話ができてうれしい」という。お父さんとの暮らしを十分楽しんでいるようです。またお母さんの方には二歳下の弟さんがいて、母、弟と3人の暮らしも楽しいということ。
そこで、なぜ日本では親の離婚が親子の別れになるような民法なのか、ミニレクチャをさせてもらいました。
今から120年も前の明治民法が制定された時代、子どもは家の跡取りとして期待され、特に父親系統の家の所有物のように思われ、女性が離婚するときに子どもをつれだすと家制度がなりたたなくなるので、家制度に都合の良いように単独親権が決められた。「女性の腹は借り物」で女性は親権がもてなかったこと。ヨーロッパ、アメリカも40-50年前までは家族制度の中心は父親で、子どもは父親の庇護のもとにあり単独親権の国が多かったこと。
しかし、近代化の中でここ30-40年の間に、女性の社会進出が進み、男性の子育てや家事参加も進み、また子どもの成長には両親との関係を維持することが重要であるという児童心理学や家族心理学の研究成果などが発表され、離婚をしても両親が養育にかかわり親権がもてるように法律をかえて、共同養育・共同親権の実態をつくってきたこと。
G7、G20という主要先進国では、日本だけがいつまでも明治民法にのっとった単独親権を維持していて、日本の家族制度は国際的にも大きく遅れた状態にあるということを説明させてもらいました。まさに日本の女性の地位が世界的に遅れていることと裏表のような家族制度です。
このようなことをいろいろお話をして、A子さんには法務員会での質疑応答の冊子を送らせてもらいました。
数日して「冊子読んでいます」というメイルもいただきました。こうして高校生の女子が自らの判断で、共同養育・共同親権状態を実現し、親の離婚による別離の穴を埋めようと必死に勉強しているありさまをみて涙がでました。A子さんは自分の意志を確認しながら、友達から白い眼でみられながらも、父母両親とのつながりを自分の力で維持して、共同養育を実現しています。
でも、日本の多くの子どもたち、ほとんどの子どもたちは自分の意志を表明する場も機会もうばわれ、頭ごなしに「片親ロス」の状態を押し付けされ、90%以上の親権者が所得の低い母親側となり、子どもの貧困問題とつながっている。多くの父親は日々の暮らしや子どもとの心の交流を奪われ、養育費支払いだけは義務だと今国家的議論がなされている。
今回の東京地裁の判断では、「民法で定めた単独親権の趣旨は、離婚後の父母の関係が良好でないことを前提に、子どもの教育などで適切な判断ができるようになる点にあるとし、「立法目的に合理性が認められる」と判断した」とある。その上で、父母双方に親権が残る「共同親権」については「国会による合理的な裁量権の行使に委ね、待つ段階にとどまる」と言及し、単独親権は違憲との主張を退けた。
「離婚後の父母の関係が良好でないことを前提」と裁判所が頭ごなしに規定するのはどういうことでしょうか。
共同養育・共同親権の国では、離婚後の父母の関係が良好なのでしょうか?離婚に至るということからして夫と妻の関係が良好でないことは明白でしょう。だから離婚するのです。でも親子の関係は別でしょう。それゆえ「寛容性の原則」など、フレンドリーペアレントルールのような原則を社会として決め、夫と妻の争いを子どもの「片親ロス」という不幸につなげないように、大人の対応をしてきたのが共同親権に移行できた国の方針でしょう。
国際的に日本も批准している「子どもの権利条約」では子どもの両親から愛を受ける権利があると規定しています。つまり日本の裁判所判断には子ども目線が全く感じられません。
今回の森喜朗五輪・パラリンピック大会組織委員長の女性蔑視と受け取れる発言騒ぎで、日本の女性参画度が国際的にみて121位、まさに大きく取り残され、日本の組織文化もまさに「ガラパゴス状態」です。
離婚後の親子関係の分断を当然とみる東京高裁の判断もまさに「ガラパゴス日本」の象徴のような判決です。もちろん、DVなどがあり共同親権に慎重な意見もありますが、それにはDV防止法の徹底など、別の手立てを強化するべきです。またDVは男性側の問題だけではありません。内閣府調査では、夫から妻のDVが24%、妻から夫のDVが17%、つまりいまや、男女双方の問題なのです。
A子さんのような自覚や訴えもできず、離婚後の親子別離を当然のごとく受け入れさせられる日本の子どもは、毎年15-21万人もいるのです。4-5人に一人です。日本の子どもの生きづらさを表す問題の深刻さを国家として、司法としても気づいてほしいです。今回の東京高裁の「ガラパゴス判決」に落胆しています。時事通信の記事を引用します。
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