20200602法務委員会【確定稿】

○嘉田由紀子君 碧水会の嘉田由紀子でございます。お三方、大変それぞれの御経験にまた即してお話ありがとうございました。
既にかなりもう論点が出尽くしているので、少し車と人間の関係性というか、社会的、社会学的なところを含めて、そして、この後どうやってこの法律をより抑止力を持たせるのか、先ほど小野田議員が最初に言っておられました。それから、予防的な措置にできるのかというところで、お三方にそれぞれお伺いをしたいと思っております。
私のような世代ですと、本当に車は憧れでした。文明の利器でした。自分が車に乗れるなんということはもう本当に、二十歳で免許取ったときにすごく社会が広がり、行動範囲が広がりということで憧れだったんですが、ただ同時に、ちょうど一九七四年、宇沢弘文さん、経済学者ですけど、「自動車の社会的費用」という問題提起をしまして、これかなり大きな問題になりました。
つまり、車は文明の利器だけど、個人あるいは社会にとって大変大きな有利なものだけど、歩行者の言わば移動権を奪うというので、町づくりへの提案。それから、公害がかなり、大気汚染など出ました、それが二点目。そして三点目は、やはり交通事故で、当時たしか今の十倍ぐらいの交通事故死者数がありましたね、六〇年代。そういうことを見ながら、私は、あっ、こんなに大変な車の持っている社会的問題があるんだな、環境的問題あるんだということを学ばせていただいたんですけど。
最近、この危険運転なりあるいは今回のこの法案を見て、いよいよ人間の心理とか、あるいは人が運転をすることの言わば、何というんでしょうか、交通心理的なところ、それはもしかしたら、私は今家族の問題で家庭内暴力、なぜDVが起きるのか、DVのプロセスはという、これはもう犯罪だと思うんですけど、そことかなりつながるようなことになっているのかなと思っておりまして、ですから、どうやったら抑止力あるいは予防するのかというところで具体的に教えていただきたいんですけれども。
まず、今井参考人、ありがとうございます、海外の事例と、それから一番私が気になったのは交通心理学の知見、運転中に攻撃的になる心理的変化、これをどういうふうに抑制したらいいのかと、いろいろ既に海外では研究があるということなんですけど、その辺りを教えていただき、そして、この日本の、今回法的にこれだけ言わば歯止めを掛けようというところを、より予防的に国民の中で効果を持たせるにはどうしたらいいのかというようなことを教えていただけたら有り難いです。

○参考人(今井猛嘉君) ありがとうございました。
私も大変その辺は関心を持っているんですが、なかなか難しい問題でございます。
まず、先生もおっしゃいましたように、海外、例えばアメリカ、イギリスもそうですが、アメリカ等では車の免許を持つということが自分の自立するということの象徴でございますので、まあ映画を見ればよくありますけれども、お年を召されても免許を返納しないんだというおじいちゃん、おばあちゃんとどうするかという話題が多々出てきます。そういうふうに、海外では、車の中では自由に振る舞えて、そこで自分の思うとおりにいかない他者に対して攻撃的に出るというふうな、言わばそういう自己主張の表れとして、日本的に言えばあおり運転のような現象が出ているのかと思います。
日本はもしかするとそうではないかもしれません。いろいろな社会的な制約あるいは居住関係等もあって車の中で初めて自由になれるという方もいらっしゃるかもしれません。その束縛からの拘束度が強いというふうな記事を、論文も私は読んだことがあるのですが、日本ではそういうふうなことから攻撃性が執拗性に転化するというふうな分析もあったように思います。ですから、そういうことをきれいに解決するのは、先生も御指摘のようにDVの問題と同じでありまして、犯罪社会学やあるいは社会学の見地を入れないと治らないと思うのですが、それは長期的な国の施策だと思います。
ここでは、やはり今被害者が大変苦労されていることに直面し、刑事法学としてできることは何かとして出たものだと理解していただければと思います。

○嘉田由紀子君 ありがとうございます。
つまり、車の中で言わば束縛が外れて、そこでかなり人間は、暴力性というのは皆それぞれ持っていると思うんですけれども、子供たちを見たら本当にけんか大好きで、子供時代にいっぱいけんかした方が後でおとなしくなるのよとかいうようなこともありますので、その辺りのところをかなり犯罪心理的なところも入れていかないと、本当にこの密室の言わば暴力行為というのはなくならないのかなというようなことで、是非今後も、日本に余りそういう交通心理学とか研究がないので、今後もいろいろ発言していただけたら幸いです。ありがとうございます。
それから松原先生、法的なところを私は詳しく分からないので、言わば社会学的に見て、今回のようなかなり細部まで、行動の細部まで規定する、こういう法案を作ることが言わば刑法、法律的にどういう社会の変化を反映しているのか。先ほど来、高良さんと議論していただいていますけれども、ここにかなり民意が反映しているということをおっしゃっていたんですけれども、その辺り少し教えていただけるでしょうか。

○参考人(松原芳博君) 危険運転致死傷罪の二〇〇一年の新設自体、やっぱり民意を背景にしていたものだと思います。ただし、その民意のうち、法的に見てどこまでが考慮すべきで、どこからが行き過ぎなのかは丁寧に見ていく必要があると。単に敵討ち的な心理というのもやっぱり国民には当然あるわけで、それが過剰になってくるとかえって罪刑の均衡を失したり、あるいはかえって重過ぎると適用しにくいんで象徴立法になる。重ければ重いほどいいように思われがちですが、まず、重過ぎると警察、検察はやっぱりかなり限定的に解釈せざるを得ないという面もありますし、それから先ほど来お話に出た、重過ぎると当然ひき逃げとかそういうのを誘発していくという面もあるので、民意を反映した立法ではあるが、その民意としてどこまで受容できるかというのは丁寧な熟議が必要だろうと、こういうふうに思っております。
その上で、今回の五号、六号について、これは民意がもちろん起点ではありますが、四号との当罰性ということからすると、先ほど来、ちょっと、速度の主体が違っているという点は異質でありますけれども、やっぱり四号とのバランスは取れているのかなと、その意味では法律論としても一応受容可能な範囲内だろうと思っております。
一般論、最後に付け加えさせていただくと、ストレートに民意に応えるという立法が望ましいのかどうなのか、やっぱりある程度は実効性のある具体的なところを考えていかなきゃいけない。その意味では、よく言われるのは、刑の重さよりも摘発の確実性が抑止力につながるというふうには言われているので、今回もやっぱり適用の確実性ということを今後考えていかないと抑止力にはつながらないなと。
それから、もう一つ、道交法との連携。やっぱり、危険運転致死傷罪は物理的危険に注目しているので、そうではないハイビームその他についてはやっぱり本法とはなじまない。その点は、道交法とうまく協力、分担して抑止力を担保していくべきだろうと私は考えております。

○嘉田由紀子君 ありがとうございます。
そういう意味では、先ほど小野田議員が岡山県の例を示していただきましたけれども、現場で、それこそ都道府県の交通安全協会なり、いろいろ免許の更新のときなどにきちんと広げていくということがこの後大変大事な点でございますね。ありがとうございます。
柳原参考人、本当に私、不勉強ながら、こういう分野で専門的にこれだけの研究と論考としていらっしゃるということを知らずに失礼をいたしましたけれども、大変大事な分野だと思います。あわせて、私、柳原参考人が御自分がバイクが好きだったということを言っておられて、実は私も正直に申し上げますと、免許を二十歳で取ったときに本当にうれしくて、そして六十歳まで運転していたんですけど、高速道路を飛ばすのが好きでした。それは、いろいろいろんなことがあるんですけど、あれですかっとするんですよね。
ですから、そういう人間の心理というのも一方で無視できないとは思うんですけれども、その辺りのところで男女の違い、特に今回、言わば五条、六条に関わるところは男性の画面が多いんですけど、それから、家庭内のDVでも、調査によると、二四%ぐらいは男性から女性なんですけど、最近、女性から男性のDVが一七%ぐらいあるんです。結構拮抗しているんです。この辺り、危険運転をするときのこの心理的なものも含めて、男女の違いみたいなのは現場で見ていてどうでしょうか。データとしても差がありますか。というのは、ここに、資料の中に危険運転の例がデータであるんですけれども、法務省さんが出している、件数だけはあるんですが、ここで加害の側の男女の違いなどがないので、この辺りちょっと現場から教えていただけたらと思います。

○参考人(柳原三佳君) この男女の違いというのは、私はデータ的にははっきり見たことがありません。ただ、やっぱり今回の東名の事故にしても常磐道の事故にしても、加害者が道路に出てきていますよね。あれは、即自分も危ないと思うんですけれども、やはりかなり命知らずなことをやっている加害者だなというふうに思いました。
要するに、それが男女の違いになるかどうか分かりませんけれども、やはり守るものが多い、子供なり家庭を守るという、そういう部分で、そういうものを守るものが多い人は、自分の身に危険が及ぶ、そういうふうなことは基本的にはやっぱりやらないんじゃないのかなというふうに感じます。やっぱり、男性の方がそういう意味では、何でしょう、危険なことも、何かこう、かっとしやすくてというのがあるのかもしれませんけど、ただ、それが男女の差ということではなかなか分析はできない部分はありますよね。
この間、東京でパトカーを振り切って逃げて歩行者をはねた女性いましたけれども、あれは女性でしたし、やっぱり普通パトカーに止まりなさいと言われたら普通止まりますけど、やっぱり止まらないという、ああいう心理、それはもう男女に関係なくその人の持って生まれた性格なのかもしれません。

○嘉田由紀子君 そういう意味では、先ほど教育ということが大変大事、もう交通心理学も含めて。密室に入るとどうしても暴力的になる、これはある意味で人間として持っている本能の一部かもしれない。それをどうやって抑えるかというのは教育だと思うんですね、特に子供時代から。お嬢さんのことを言っていらっしゃいましたけど。その辺を、日本のそれこそ文部科学省の教科書の中にこの交通教育というのはどれだけ入っているのか、この後どうしたらいいのか、少しヒントがあったら教えていただけたらと思います。

○参考人(柳原三佳君) もう是非これ、交通問題というのは、もうこれだけの多くの死者が出ているんですから、学校としてきっちり取り組んでいただきたいと思うんですが、でも、私、その前段階として、交通事故というものの正しい原因究明というものが必要だと思っているんです。
一言ちょっと申し上げて、これはもう是非議員の皆様にも考えていただきたいんですけれども、例えば日本って、居眠り運転ということで処理されている事故は極端に少ないんです。海外だったら高速道路での死亡事故の半分ぐらいは居眠り運転と言われているんですが、日本の場合、ほとんど脇見で処理されています。居眠り運転ありません、はっきり言って。居眠り運転だろうと思われる事故でも、ほとんどが脇見運転で処理されている。
ここの、なぜこういうことが起こっているのか。居眠り運転ということがはっきりすれば、じゃ、過労運転を防ぎましょうとかしっかりと運転する前には睡眠を取って出かけましょうとか、そういうことが教育できると思うんですが、要するに、大前提の事故の分析が非常に曖昧というか、捜査の方で、やはり過労運転、居眠り運転にしたら捜査が面倒くさいということもあるのかもしれませんけれども、やっぱりその辺りをきっちりともっと分析していかないと本当の教育というのは難しいんじゃないかというふうに思います。

○嘉田由紀子君 ありがとうございました。
もう時間がないので、本当にお三方、ここが、私は、ここまで人の行動の中身まで踏み込んだかなり具体的な法案というのは珍しいと思うんですけれども、そこのところをいかに有効に、この後、予防的に抑止力を高めるかというのは、また立法府なり私どもの、政治家の責任だとも思いますので、ここはまた今後ともよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。

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